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「志貴さん志貴さんいらっしゃいますかー」
今日も今日とて琥珀さんが部屋にやってきた。
毎度同じ反応をするのも面白く無いので、今日はちょっと捻った対応をしてみることにした。
「Hello my name is Shiki Toono. How are you?」
「我的名字琥珀。我很好」
「え、なに?」
「スペイン語です。いやー英語はどうにも苦手なのでつい」
「明らかに中国系のそれだったよね」
やはり琥珀さんのほうが一枚上手なのであった。
確かバカは風邪をひかないとかいう言葉があった気がする。
「……おかしい」
その日は朝から体調がおかしかった。
まさかと思い熱を測ってみる。
「8度5分……か」
どうやらオレはバカではないようだった。
「あー……」
そんなわけでバイトも休んでもう何時間も天井を見ている。
眠りたいところなのだが体の間接が痛くてそれどころじゃあない。
「今日は早いんですね」
「明日から休みだからね」
冬休みの始まり。
クリスマスを経て年始までゆっくりと過ごす事が出来る。
「クリスマスはぱーっと盛り上がっちゃいましょう」
「そうだね」
琥珀さんの事だから色々と準備しているんだろうな。
「……ふう」
机の傍にカバンを置く。
ふと、カレンダーにつけられた二重丸が目についた。
「……今日が誕生日とか言ってたっけ」
「そんなカッコにならなくてもね……」
拳を握り締める。
「一つにはなれるんですよ!」
ブリキ大王の出力が上がっていく。
これはわたしだけの力ではない。
遠野先輩や、弓塚先輩が与えてくれた力だ。
「ねえ……」
わたしの手には、温かい先輩たちの手が重なっている気がした。
「そうでしょうっ! 先輩ッ!」
「久しぶり、ね……」
私は目の前の墓石に花を捧げた後、ひとりごちた。
兄さんと翡翠が先に来て掃除をしておいてくれたのでとても綺麗になっている。
「……そうですね」
墓前で祈りを捧げていた琥珀。
彼女はこの場所で何を思ったのだろう。
「……無礼を承知で聞きたいんだけど」
「わたしで答えられるかどうかはわかりませんが」
この無機質な感情のない声を琥珀の口から聞くのも久しぶりだ。
□
ネタとスランプ
(130403)
(06-09-23 10:34)
「スランプというものがありましてね」
「なんだいやぶから棒に」
わたしの部屋に来てくれた蒼香先輩はいぶかしげな顔をしていた。
「書かなきゃいけないのに書けないんですよ」
「書かなきゃいけないの?」
羽居先輩はいつも通りのほほんとしている。
「いけないってわけじゃないですけど……まあ書きたいという気持ちはあるのに空回りしているといいますか」
「なるほど。それをスランプと」
「はい。何とかなりませんかね」
「ゲーム、やりません?」
琥珀さんがそんな風に誘ってきた。
「ああ、いいよ。何を?」
「これですよー」
取り出したのはキャプテン翼IVだった。
「……また恐ろしくバランス悪いゲームを」
「その不安定さがたまらないんですよー」
IVは攻撃側の浮き玉に関する補正が異常なのである。
浮き玉からシュートを撃てば、点の取れない点取り屋、来生とかでも若林を余裕で抜けてしまうのだ。
「対戦できるのってこれかVだけですしー」
「まあ、それもそうだね。じゃあやろうか」
「はいっ」
「結局そのキノコはどこから出てきたんでしょうかね」
シエル先輩が首を傾げている。
「あのキノコが普通に生息しているというのはまずあり得ないんですが」
シオンも不思議そうな顔をしていた。
「兄さん、心当たりはありますか?」
「うーん。その辺になると記憶がはっきりしないんだよなあ」
「悪意ある人間の行動としか思えませんよね」
「まったくです。一体どこの誰がそんな怪しげな植物を……植物?」
全員の目線がある人物へ注がれた。
全元ネタリスト(?)アリ。サガシリーズを知るもの来たれ!
「これからどうするの?」
「……」
琥珀さんは窓をじっと見つめていた。
「この向こうに別の世界があるのかな?」
「行ってみますか?」
「俺はどっちでもいいよ」
「そうですか。でも、ここも結構いいところになったんじゃありません?」
「言えてる。悪いやつ全部やっつけたからな」
「……えと、あの、それでつかぬ事を伺うんですが」
「なに?」
「いつ頃から気がつかれていたんです?」
「んー……琥珀さんが『わたしの愛……』とか呟いてた頃かな」
「うああ」
滅茶苦茶全部聞かれるぢゃないですかっ!
「どうしてもっと早く起きてくれなかったんですかっ!」
「い、いや、意識はあったんだけど体が動かなくてさ。ホント、マジで」
「……っ!」
ああもうあんな告白やっぱりするんじゃありませんでしたっ!
「ゆ、弓塚」
「ひゃ、ひゃいっ?」
いきなり声をかけられ変な声をあげてしまった。
「あ、し、志貴くん」
どうしよう、今のわたしの変な笑いとか見られちゃったんじゃないかなぁ。
「しゃ、しゃしゃ、しゃわー、開いたから、どうぞ」
志貴くんは顔を真っ赤にしてがちがちに緊張しているみたいだった。
わたしの変な行動なんかまるで気付かなかったみたい。
「ははは、はい。かしこまりましてございます」
つられてわたしまで敬語になってしまった。
「が、がんばって?」
「は、はい、頑張ってご入浴いたしまします」
「大変ですねえ琥珀さんも。飽きたらいつでも俺んとこ来てくださいよ?」
「あはっ。残念ですけど今のところその兆候はありませんねー」
俺を無視して会話が進んでいる。
「ななこさん、こいつらの言ってる事わかる?」
しょうがないのでななこさんに聞いてみた。
「はぁ。つまり志貴さんと琥珀さんが恋人としては上手くいってるのかどうかという意味だと思うんですけど」
「な、なんだってえっ?」
「……何驚いてるんだ? 遠野」
「おま、おま、おまえ、どうしてそれがわかった?」
有彦にはそういうことは一言も話してなかったはずなのに。
ざぱーん。
「はぁ……」
全身をお湯に浸し、岩肌に寄りかかる。
じわじわと温泉の成分が体に染み込んでいく感じだ。
「やっぱり温泉はいいなあ……」
満天の星空を見ながら俺はひとりごちた。
ただ温泉に入るのも気分がいいが、運動した後の温泉は尚更に最高である。
肩とか手足とか、特に疲れている部分のお湯が気持ちいい。
「ふう……」
メガネを外してばしゃばしゃと顔にお湯をかける。
それから大きく深呼吸。
「はあ……あ」
幸福へ浸れる時間であった。